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牛は麦藁と稲藁とどっちが好き?

インドでの牛の飼料は?

パンジャーブでは、牛の飼料としては麦藁が好んで利用されるが、稲藁は利用されない。これについては、「麦わらの方が固いはずだ」とか「インドの東の州では稲藁を牛に与えている」などの疑問がよく寄せられる。ここでは、何故パンジャーブで、稲藁ではなく、麦わらが好んで利用されるのかを検討してみたい。

地元の農家は稲藁が嫌い

何度かパンジャーブの農家を訪ねて聞き取り調査を行ってきたが、稲藁を牛の飼料にはしないのか、と尋ねると、必ず農家からは「牛には麦藁を食べさせ、稲藁は食べさせない」という答えが返ってくる。それは何故かと尋ねると「稲藁は固くて、牛が好まない」と答える。「東の方では牛は稲藁を食べているけど?」などとたたみかけると、たいてい嫌な顔をして「あんなものを食べさせたら牛の乳の出が悪くなる」「自分はお金をだしてでも麦藁を買って食べさせる」と、稲藁に対してさんざんなコメントが返ってくる。それでも・・と粘ったら、仲介をしてくれているNPOの職員がやれやれという表情で、地面から花と枯れ葉を拾って、「両方あったら、どっちがいい?」と尋ねてきた。おいしい麦藁とまずい稲藁の両方があったら、当然おいしい麦藁を食べるでしょ、という訳だ。インド東部の州で牛に稲藁しか与えないのは、そもそも麦藁がないからだということになる。果たしてそうだろか。

インド稲研究所(IRRI-India)の研究者からはこんな話を訊いた。IRRIの研究者が牛の消化器を調べて、稲藁と麦藁の消化過程を調べたが、結局有意な差はでなかった。牛の嗜好というよりは、飼っている人間の考えに関係するのではないか。確かに、パンジャーブの人は、ほとんど米を食べない。政府が買い上げてくれるから商売として米を作っているだけで、食べるのはチャパティなどの麦から作ったパン類が主だ。バスマティ米という香りのよい米は食べるけれど、普通の米は日常食ではない。そもそも飼い主が米を食べないから飼育されている牛は稲藁が嫌いになるのだろうか。ペットは飼い主に似ると言うが、家畜も同様ということか?

稲藁の16倍も高値で取引される麦藁

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新型のbaler 


2019年11月、パンジャーブ州のルディアーナーからさほど遠くない村Bainsを訪ねた。ここでは、地元のNPOが稲藁焼きをさせない方策を実践し、農家に啓蒙活動を行っている。見学したのは新型のbalerだ。刈り取られて圃場に散乱している稲藁を集めて圧縮し、長さ50センチほど、重さ20kg程度のパックにし、針金でぐるぐるまきにしてしまう。balerの後ろにはパックされた稲藁が残されるので、これをトラックに乗せれば容易に出荷できる。

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圧縮された稲藁


1エーカーの土地で30-35キンタル(1キンタルはおよそ100ポンド相当)の稲藁がとれ、これを1000ルピーで売るという。一方、同じ面積の土地から麦藁なら20-25キンタルの麦藁がとれるがこれは16000ルピー、稲藁の16倍の価格で売れるそうだ。普通の農家なら、牛の飼料として麦藁を買うが、ラジャスターンからやってきた貧しい農家では麦藁を購入するお金がないので稲藁を購入する。この村の近くではこのような小規模ながらもマーケットがあるので、稲藁を集めて売ることができ、稲藁の野焼きはしなくて済んでいる、ということだ。このbalerだが、補助金を受けて購入した新型で、まだあまり普及はしていないらしい。

麦藁は焼かない、は嘘

何度も述べた通り、パンジャーブ州では牛に麦藁を与えている。そのため、小麦の収穫後に麦藁を焼くことはない、と考えている日本人研究者も多い。しかし、まったく焼かない訳ではないことは、リモートセンシングの専門家達の方がよく知っている。有名なMODISセンサーやVIIRSセンサーの観測データを見れば、いわゆる火災検知数(fire detection count)は小麦の刈り取り期である5月にも非常に多い。地元の新聞にも、麦藁焼きの煙のせいで電車が止まったなどと報道されていることがある。風向きが違うのでデリーの大気汚染と結びつけられて考えられていないため、5月の麦藁焼きの弊害はあまり議論されていないが、確かに現地では麦藁を焼いているのだ。

インド全体から見れば、牛の飼料は不足気味だという。だとすれば、牛が好んで食べるという麦藁を焼くのは全くもったいない話である。もし、焼いている地域で麦藁に利用価値がないとすると、需要のある地域にまで運べないからかもしれない。藁の利用範囲は、とれた場所から15km程度までに利用者がいることが必要で、それ以上離れてしまうと輸送コストがかかりすぎて、もはや利用できないという。先のBains村も近くに購入してくれる貧しい農家がいてこそのビジネスというわけだ。将来、上記の新型balerのような便利な機械がもっと開発されて、簡単に遠くまで藁を運べるようになれば、少しは事情がちがってくるかもしれない。

最後に、「本当に牛は稲藁が嫌いか」については、文化人類学者でIRRI-IndiaのSammadar博士がこれまでインドの東西の違いを調べており、「飼育者の考えに依存する」という仮説が立てられている。そこで、Aakashプロジェクト内に、インドの東西の地域で、藁に対する価値観を比較するタスクチームを立ち上げた。Aakashの主要な研究成果となればと思っている。

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ABOUT ME
林田 佐智子
Aakashプロジェクト プロジェクトリーダー | 総合地球環境学研究所 教授 | 奈良女子大学 研究院自然科学系 教授